東京地方裁判所 昭和54年(ワ)6930号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【判旨】
一原告が本件当時訴外日英自動車株式会社の社員として同社の第三営業所に勤務していたこと、原告が昭和五〇年八月ころから、相互銀行業を営む被告銀行の八幡山支店との間で普通預金契約を締結し、以来取引を継続してきたことは当事者間に争いがなく、被告銀行八幡山支店が昭和五三年三月七日、書面の内容の点はさておき原告の被告銀行八幡山支店との間の普通預金に関する書面の写しを右訴外会社第三営業部長小泉与志松及び同営業課長奥山直久の両名に交付したことは被告銀行の認めるところであり、<証拠>によると、被告銀行八幡山支店において右訴外小泉らに交付した右書面の写しは、原告の被告銀行八幡山支店における昭和五〇年一二月一三日から昭和五二年一二月三〇日までの間の小切手及び約束手形による預金を記載したもの(乙第五号証)であることが認められる。<証拠判断略>。
二ところで、銀行と預金契約を結んだ者は、いついかなる金額が預金されたか、支払を受けたか、また預金残高がいくらあるかは私事に属することとして濫りに第三者に知られないことについての利益を有し、同利益は法律上保護に価するものというべきであり、従つて契約の相手方である銀行としても、当然に預金契約者の預金の内容等について秘密を守るべき義務があり、銀行又はその被用者が職務上正当な理由がなく右守秘義務に反して預金契約者の預金内容等を第三者に漏洩し、そのために預金契約者が損害を被つたときは、銀行は債務不履行もしくは不法行為として右損害を賠償すべき義務があるものというべきである。
三被告は、前記書面の交付は公益のためであり、違法性がない旨主張するので、右書面交付の経緯についてまず判断するに、<証拠>によれば、芝税務署は訴外日英自動車が従業員の銀行の個人預金口座を利用して法人所得を隠匿しているのではないかとの疑惑を持ち、昭和五三年二月から三月までの間、右訴外会社の第三営業所について法人税の関係で調査をし、更に同年二月六日、同訴外会社と融資及び預金取引のある被告銀行の八幡山支店に税務署の係員が臨んで右訴外会社及び原告を含む一六名の従業員の預貯金及びこれに関連する銀行取引について調査したこと、ところが同月二八日、右訴外会社第三営業所部長である前記小泉与志松が被告銀行八幡山支店を訪れ、同支店支店長代理浦正毅に対し、同支店が訴外会社に関して税務調査のあつたことを訴外会社に連絡しなかつたことに対する苦情を述べるとともに、その調査内容の説明を受けた上、調査結果の書抜の写しの交付を求め、次いで同年三月一日には右小泉が前記奥山直久を伴つて右八幡山支店を訪れ、同支店次長に対し、個人関係の調査結果については税務署に提出しないよう、また小切手による入金を現金による入金として税務署に報告するよう要望し、いずれも拒否されたが、更に同月七日、右小泉が同支店を訪れて前記浦正毅に対し、税務署の調査結果によつては第三営業所の存立に影響を及ぼし従業員の処分者が出ることも想定されるので調査結果を是非知りたく、右の件では銀行には迷惑をかけず、小泉個人の責任で処理するので調査結果の写しを交付して欲しい旨要求し、右浦としても一度は拒否したものの、小泉から重ねて強く要求されたところから、前記税務署の調査に応じて提出した原告外一名に関する調査結果を記載した銀行調査元帳なる書面の写し(原告分が乙第五号証)を右小泉に交付したものであることが認められる。証人小泉与志松の証言中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆す証拠はない。
四被告は、右写しの交付は訴外会社において税務当局の指示に従い、原告ら社員に対し適正な所得申告等をするよう指導して公正な徴税が行れることの協力のためなされたものであると主張するが、そもそも公正な徴税を行うことは税務当局の責任とその権限に属することであつて、雇傭主と雖も従業員をして適正な所得申告をさせるためであるからといつて従業員個人の私事の秘密を犯すことはできず、また銀行としても税務当局からの法令に基づく調査等の場合は別としてたとえ雇傭主等からの依頼があつたとしてもこれに応じて預金者の預金内容を開示してはならないのであつて、仮に本件写しの交付が被告主張の意図、目的によるものであるとしても、そのことの故をもつて違法性が阻却されるものではないのみならず、前記認定事実によると右写し交付の意図、目的が被告主張のとおりであるか否かは疑わしいものといわなければならない。
もつとも、<証拠>によると、小泉与志松において前記写しを原告に示して所得の確定申告をするよう指導し、原告において昭和五二年度分所得について確定申告をしたことが認められるが、右事実が存在するからといつて前記結論が左右されるものではない。
また被告は前記写しを交付する際厳秘にすることを条件としていた旨主張し、同事実は前記認定のとおり認められるところである。しかしながら、右のような条件が附されていたとしても、同条件を遵守しなかつた受交付者において債務不履行責任を生ずるか否かは格別として銀行として交付自体によつて秘密保持義務違反が成立することは論をまたないところであるから、右条件の存在は義務違反の成否になんら影響がないものというべきである。
(小川昭二郎 榎本恭博 佐賀義史)